ドラッカー「優れたコミュニケーションとは何か」に示される情報デザインの必要性

2015年5月19日

私がインフォメーションデザインおよびコミュニケーションについて考える上で、一つの指針となっている論文を紹介したいと思います。P.F.ドラッカー「優れたコミュニケーションとは何か」は、1973年の”Management:Task,Responsibilities,Practices”,(『抄訳マネジメント』1975年)が原典です。抜粋として『プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか』(ダイヤモンド社、2000年7月)などに収載されており、読まれたことのある方も少なくないと思います。この論文は、コミュニケーションについてマネジメントにおける文脈で述べていますが、一般のコミュニケーションについても通用する普遍性のある内容であるため、ここに紹介します。


ドラッカーは本論文の冒頭で、古くからの宗教にある公案として、「無人の山中で木が倒れた時、音はするか」という問いを紹介します。その答えはノーです。音波は発生するかもしれないが、聞く人がいなければ「音」は発生しないということです。

私たちは、相手が伝えた通りの行動をしなかったときに「あの時私は○○と言いましたよね(なぜ○○にならなかったのですか)」と非難したり、「あのとき○○と伝えたはずなんだけど・・・」と愚痴を言ったりしがちです。
しかしながら、そのような「言ったはず」「伝えたはず」というのは、先の問いの答えに照らせば、聞く人がいなければ、すなわち相手が理解していなければ、意味がないということになります。

ドラッカーはこの論文でコミュニケーションの原理を4つ紹介しています。私が重要と思った部分をピックアップします。

第1.聞くものがいなければ、コミュニケーションは成立しない。
・「このコミュニケーションは受け手の知覚能力の範囲内か、受け手は受け止められるか」を考える必要がある。
・コミュニケーションを成立させるためには、受け手が何を見ているかを知らなければならない。また、それがなぜかを知らなければならない。

第2.われわれは知覚することを期待しているものだけを知覚する。見ることを期待しているものを見、聞くことを期待しているものを聞く。
・期待していないものは受け付けられもしない。
・受け手が見たり聞いたりしたいと思っているものを知ることなく、コミュニケーションを行うことはできない。

第3.コミュニケーションは常に、受け手に対し何かを要求する。
・コミュニケーションは、受け手の価値観や欲求や目的に合致するとき強力となる。それらのものに合致しないとき、まったく受け付けられないか抵抗される。

第4.コミュニケーションと情報は別物である。両者は依存関係にある。コミュニケーションは知覚の対象であり、情報は論理の対象である。情報は形式であって、それ自体に意味はない。
・コミュニケーションにとって重要なものは、知覚であって情報ではない。

情報が多くなっても、その質がよくなっても、コミュニケーションに関わる問題は解決されないし、コミュニケーションギャップも解消されない。逆に、情報が多くなるほど、機能的かつ効果的なコミュニケーションが必要になる。つまり、情報が多くなれば、コミュニケーションギャップは、縮小するどころか、むしろ拡大しやすくなる。

(以上、『プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか』より抜粋)

 

私がクライアント企業のPRにあたるときも、上記の第2、第3の原則は常に意識していました。

クライアント企業は、自社の商品・サービスを使ってもらいたい、という第3の原則で言うような目的のためにPRを行います。商品・サービスの価格が高い場合は、「説明会に参加してほしい」「お試しセットを使ってほしい」というハードルを下げた目的になることもあります。

さて、このような目的をそのまま、メディアやその先にいる読者・視聴者に伝えようとしても、彼らはそれらの商品・サービスについて、見ることや聞くことを期待していません。そのままではメディアで紹介されることは困難です。

そこでPRコンサルタントの腕の見せ所です。クライアント企業の目的からではなく、どのセグメントのメディアや読者・視聴者が、何を見ることや聞くことを期待しているか、という視点から逆算して、それに合う文脈の中で企業の商品・サービスに関連する情報をとりあげてもらうよう、情報をデザインするのです。そうすることで、それらの商品・サービスがメディアで取り上げられ、結果的に多くの読者・視聴者に伝わることになります。

私としては、知覚を前提としない音波・記号(木が倒れた時の音波)というのは「データ」であると考えます。データのうち、知覚(コミュニケーション)を前提として発せられるものが「情報」になると考えます。つまり、情報はコミュニケーションのツールであると捉えています。

現代は、「情報が多くなれば、コミュニケーションギャップは、縮小するどころか、むしろ拡大しやすくなる」という状況にあります。ドラッカーが指摘したように、今こそ、「機能的かつ効果的なコミュニケーションが必要」とされています。私は、情報デザイン(インフォメーションデザイン)によって、少しでも多くの、機能的かつ効果的なコミュニケーションの実現に貢献することを希望しています。(「株式会社インフォデザイン」という会社を設立したのも、このためです。)